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食べ物から考える、舞台『ラビット・ホール』

ラビット・ホール 番外編

これ観ながら、これ食べない?
今回は2011年にニコール・キッドマン主演で映画公開もされた作品、現在PARCO劇場で上演中の舞台『ラビット・ホール』を取り上げます。
もちろん、舞台上演中に飲食は厳禁ですが、この作品には劇中にたくさんの食べ物が出てくるので、食べ物に注目しながら物語を振り返ります。

この物語の登場人物は5人。4人は家族、1人は家族ではない人。
ベッカ(宮澤エマ)にはハウイー(成河)という夫がいる。
ハウイーにはベッカという妻がいる。夫婦にはひとり息子がいた。
ベッカには妹のイジー(土井ケイト)がいる。
ベッカとイジー姉妹には母・ナット(シルビア・グラブ)がいる。
そして家族ではないもう一人、ジェイソン(山﨑光/阿部顕嵐)は、物語の後半に登場する。

家族とは何だろう。無条件にわかりあえる存在だろうか。
いや、そんなことはない。
でもわかりあえることもあるから、そうでない時にはむしろ厄介だったりする。
この家族らの物語がはじまって割と早い段階で、その厄介でもどかしい感じが劇場を包み込む。

厄介だけど彼らは対話をやめない。対話というか、会話だ。
そしてこの会話の傍らにはたいてい食べ物があった。

<姉ベッカと妹イジーの会話>
姉は奔放な妹の言動が何かと気になる。
手作りしたクレームキャラメルの食べ方も気になる。
クレームキャラメルはつまり、カスタードプリンのこと。
器からお皿に空けてキャラメルがしっかりかかった状態で食べなくっちゃと姉は妹の世話を焼いた。二人の関係性がくっきりと見える。
手作りのおやつが当たり前に冷蔵庫に入っているなんていいなと、思う。
イジーはクレームキャラメルを美味しく食べながら、姉にある事実を告げた。
ラビット・ホール
<妻ベッカと夫ハウイーの会話>
妻と夫はフランクだけどぎこちない。
この一見反対の状況が同居している。
夫は妻のグラスにワインを注ぎ、二人は妹への誕生日プレゼント選びについて会話する。
ぎこちなさはワインが減っていっても変わらず、むしろ澱(オリ)が溜まっているようにさえ見えてくる。
ラビット・ホール

<イジーのバースデーでの家族の会話>
それは楽しい祝いの場のはずだ。
妹イジーのバースデー。彼女はまもなくママになる。
パーティーに用意されていたのは水色のバースデーケーキ
青空みたいにさわやかな水色のケーキ。外国の映画で見かけるくらいしかなかったこういうカラフルなケーキを見ても、最近はあまり驚かなくなった……なんて思ったりもする。
とはいえこの『ラビット・ホール』はデヴィッド・リンゼイ=アベアーというアメリカの劇作家の作品だしな、とやけに納得しつつ、食べるならいつもより小さめにカットしていただくわと思うのはなぜだろう。
話が逸れたが、そんなさわやかでキュートなケーキも出てきたというのに
家族の会話はギザギザと不協和音を出しながら繰り広げられる。
事故で亡くなってそのままになっていた息子の部屋の壁色は、ケーキと同じような水色だ。
ラビット・ホール
<夫ハウイーと妻ベッカの会話>
夫と妻の会話はますますぎこちない。
相手を気遣っているのに、どこに地雷が埋まっているかわからないような不自由さが
二人を支配している。でも二人は会話を止めそうで止めない。
溺れないように手を伸ばすみたいに、ぎこちなくても会話を続ける。
夫はビールを飲み、妻は夫が職場でもらってきたズッキーニブレッドを頬張る。
またもあまり耳慣れない食べ物、ズッキーニブレッド。
すりおろしたり、スライスしたズッキーニが練り込まれたパウンドケーキみたいな感じらしい。
ベッカは「このズッキーニブレッドおいしい」と言っていた。ちょっとバフォッとするそれを頬張って、飲み込むまでにかかる時間が二人の会話にはちょうどいいのかもしれない。

ラビット・ホール

<ジェイソンとベッカの会話>
高校生のジェイソンは、ベッカ夫妻にとっては招かざる客だ。
彼は、二人の大切な息子の命を奪った原因を作った人物なのだ。
しかしベッカは彼を招き入れた。そしてレモンスクエアをふるまう。
レモンスクエアは、レモンの皮が練り込まれた生地に、レモン汁やレモンの皮が入ったフィリングを生地に流し込んで作る焼き菓子。
スクエアというくらいだから、スクエアにカットして食べるのだろう。
若者にぴったり合うお菓子だ。幼くもなく、大人でもない若者に合う。
美味しそうにそれを食べるジェイソンを見て、ベッカは現実を見る。
生きている彼と、そこにいない息子。そして生きていく自分と夫。
ラビット・ホール
このほかにもイジーがミルクとボスコ(菓子)をつまんだり、
スーパーでベッカがいさかいを起こした理由がフルーツロールアップス(キャンディー菓子)だったり、
物語には食べ物がたくさん出てくる。
時には会話の代わりに間をつなぎ、時には愛情の印となり、
時には現実を突きつけたりもする。
食べることは生きること……という言葉ではないが、ベッカたちが食べたり飲んだりしてくれることで、まだ大丈夫、きっと大丈夫と思えるような気がした。

劇場を出たら、とりあえず何か食べよう!

(イラスト:ムタグチユキ/ライター:栗原晶子)

ラビット・ホール

【公演情報】
舞台『ラビット・ホール』
作/デヴィッド・リンゼイ=アベアー
翻訳/
小田島創志
演出/
藤田俊太郎
出演/
宮澤エマ 成河 土井ケイト 阿部顕嵐/山﨑光(ダブルキャスト) シルビア・グラブ

東京/2023年4月9日(日) ~ 2023年4月25日(火)
PARCO劇場
秋田/2023年4⽉28日(金)
あきた芸術劇場ミルハス 中ホール
福岡/2023年5月4日(木) 
キャナルシティ劇場
大阪/2023年5月13日(土) ・14日(日)
森ノ宮ピロティホール

 

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